その60.広瀬川編


目の前を流れるのは広瀬川……、といっても此処は仙台ではなく前橋市である。そして、この川沿いの道をしばらく歩いたところに『前橋文学館』はある。日本の近代詩史に巨大な足跡を残した前橋生まれの詩人・萩原朔太郎の業績紹介をメインの展示とする記念館だ。
うっかり写真を撮り忘れたので、代わりにパンフレットのコピーを貼り付けておくことにする。

文学館を出ると、まだ日が高かったので、宿へ戻るまでのあいだ市内を散策することにした。昨今の地方都市の例にもれず、この町にも活気は無い。市の中心であろう前橋中央駅の周辺にも寒風が通り過ぎる。


青猫

この美しい都会を愛するのはよいことだ
この美しい都会の建築を愛するのはよいことだ
全てのやさしい女性をもとめるために
すべての高貴な生活をもとめるために
この都にきて賑やかな街路を通るのはよいことだ
街路にそうて立つ桜の並木
そこにも無数の雀がさへづつてゐるではないか。
ああ このおほきな都会の夜にねむれるものは
ただ一疋の青い猫のかげだ
かなしい人類の歴史を語る猫のかげだ
われの求めてやまざる幸福の青い影だ。
いかならん影をもとめて
みぞれふる日にもわれは東京を恋しと思いしに
そこの裏町の壁にさむくもたれてゐる
このひとのごとき乞食は何の夢を夢みて居るのか。

駅前の商業区域から外れ、古くから人々が暮らすエリアに入ってみると、趣のある佇まいに出会うことができるのであった。
原種山女:Dm種(31cm)

愛憐

きつと可愛いかたい歯で、
草のみどりをかみしめる女よ、
女よ、
このうす青い草のいんきで、
まんべんなくお前の顔をいろどつて、
おまへの情慾をたかぶらしめ、
しげる草むらでこつそりあそぼう、
みたまへ、
ここにはつりがね草がくびをふり、
あそこでりんだうの手がしなしなと動いてゐる、
ああわたしはしつかりとお前の乳房を抱きしめる、
お前はお前で力いつぱいに私のからだを押へつける、
さうしてこの人気のない野原の中で、
わたしたちは蛇のやうなあそびをしよう、
ああ私は私できりきりとお前を可愛がつてやり、
おまへの美しい皮膚の上に、青い草の葉の汁をぬりつけてやる。

おなじく、原種山女:Dm種(31cm)

その襟足は魚である

ふかい谷間からおよぎあがる魚類のやうで
いつもしつとり濡れて青ざめてゐるながい襟足
すべすべと磨きあげた大理石の柱のやうで
まつすぐでまつ白で
それでゐて恥かしがりの襟足
このなよなよとした襟くびのみだらな曲線
いつもおしろいで塗りあげたすてきな建築
そのおしろいのねばねばと肌にねばりつく魚の感覚
またその魚類の半襟のなかでおよいでゐるありさまはどうです
ああこのなまめかしい直線のもつふしぎな誘惑
そにぬらぬらとした魚類の音楽にはたへられない
あはれ身を藻草のたぐひとなし
はやくこの奇異なる建築の柱にねばりつきたい
はやく はやく この解きがたい夢の Nymph に身をまかせて。


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