その70.巴波川編____________


栗橋駅で東武日光線に乗り換え、七つ目の栃木駅で下車した。
特別な目的があった訳ではない。
終点の日光まで行ってもよかったのだが、いずれにしても何処かで降りなければならなかった。
駅前に出てみると、ここで誰かと待ち合わせをしていた様な気もする。
とりあえず川沿いの道を歩く。
いつもの釣行で身に付いた習性だろうか、川の流れに身を置きたくなる。
橋のたもとで彼女は待っていた。
「待たせてごめん」
「ううん、私も今来たところなの」
「もしかして、"はじめまして"なのかな?」
「私にも分からないわ」
川面に目を移すと沢山の鯉が群れ泳いでいた。
コイ。
そして僕たちは魚の様に愛し合った。
できれば獣の様でありたかったが叶わなかった。
だけど、とっても素敵だった。

原種山女:Dm種(34cm)
その後で、二人して「金魚湯」という銭湯に行った。
軽く身体を洗い、5分ほど湯に浸かってから銭湯を出た。
彼女はまだ湯船の中だろうか。
それとも僕より早く出て行ってしまっただろうか。
再び川沿いの道を歩く。
小さな橋の上に30分ほど佇んでいたが、そこでは誰も待っていなかった。
次の橋にたどり着く。
この町の橋の欄干はそれぞれ意匠が違っていて目を楽しませてくれる。
「遅かったね。何処かで道草食ってたんでしょ?(^O^)?」
「ごめんごめん、美味しそうな草がすごく沢山生えていたんだ」
僕たちは肩を寄せ合って川の流れを見つめた。
二人の影が川面に映る。
流れていくのは川なのか、それとも僕たちなのか。
もちろん僕たちは愛し合った。
彼女は本当に素敵だった。
終わった後も指を絡めながら言葉にならない言葉を交わした。
ずっとそうしていたかったが、行為後の眠気には勝てなかった。

原種山女:HM種(30cm)
気が付くと彼女の姿はなかった。
代わりに書き置きがあった。
<嘘をついてたの。ゴメンナサイm(_ _)m>
この世界に、本当と嘘の区別なんて無いのに……。
彼女はまだ近くにいるような気がした。
曲がり角の向こうにとぼけた笑顔で立っているに違いない。
彼女はいなかった。
突き当りの病院の扉を開けて待合を覗いてみたが年寄りしかいなかった。
せっかくなので薄紫色の注射を一本打ってもらった。
誰もいない道を歩く。
川はもう流れていない。
橋も架かってはいない。
小さな寺で地蔵が待っていた。
「待たせてごめん」
返事は無かった。
すっかり日は傾いていて駅に戻る時間は無い。
日光まで行けば良かったのかとも思うが、後悔している訳ではない。
いずれにしても何処かで降りななければならなかったのだから。
 
 
150103
inserted by FC2 system