その64.名栗渓谷 編


急な斜面をロープ伝いに降りていくと穏やかな流れの景色となる。
日常から隔絶した静かな空気に包まれる。
今日は誰にも邪魔されることなくのんびりと釣りを楽しめそうだ。
だが、少し歩くと先行者の存在が目に留まった。
仕方がないので先へ進む。
近づいてみると若い女性だった。
どうしたものかと思案していたら彼女の方から声をかけてきた。

「お久し振り!」
以前に会った記憶は私には無かったが適当に相槌を打っておいた。
「ちょっと出足が遅いんじゃない?わたしはもう5匹釣ったわよ。」
それはすごいですね。
「大山さん程じゃないですけどね。」
どうして私の名前を知ってるんだろう?やっぱり前に会ったことがあるのだろうか?
「大山さんなら、これぐらいのサイズが釣れるんじゃないかな。」
いくらなんでもそんなのは無理ですよ。
「でも前に奥多摩では釣ったじゃない!」
いやいや・・・
「ほら、あそこ!何をボサッとしてるのよ!」
そう言われて私は慌ててルアーを投げ入れた。
期待されたサイズではなかったが綺麗な一尾だった。
水玉が美しく輝いている。

原種山女:SY種(24cm)
釣れました!
あなたのお蔭です!
だが、振り返った私の目の前に彼女の姿は無かった。
見上げた空がとても眩しかった。

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