その55.せせらぎの里美術館編


青梅線の御岳駅で電車を降り、前の通りを横断すると直ぐに多摩川への降り口がある。
橋脚の間から川面が見え隠れする。
ちょっと暑いが天気も良く、今日は絶好の釣り日和だ。
だが、今日は釣りをしに来たのではない。
この先にある「せせらぎの里美術館」を訪れるのが目的である。
NHK教育テレビの「日曜美術館」で紹介された「犬塚勉展」を見るためにやって来たのだ。
それでも釣師の習性でふと流れに目をやったのだが、釣客の傍に二つの人影がある。
赤シャツの男と、薄着の女。

何やら怪しげだ。
最近は私の影響で「山女釣り」をする者が増えていると聞くが、赤い彼もその一人だろう。
まだ初心者と見えて構えがぎこちない。
ちょっと指導して行った方が良いだろうかと迷ったが先を急ぐことにした
原種山女:??種(不詳)
汗をかきながら川沿いの遊歩道を歩く。
30分程して、ようやく「せせらぎの里美術館」に到着する。
木々に囲まれた古民家風の佇まいだ。
300円の入館料を支払って中に入る。
作者である犬塚勉氏は1949年生まれの画家である。
しかし、館内に展示されている絵は20点程度と数少ない。
というのも、氏は三十八歳という若さで世を去っているからだ。
山に親しんだ氏は三十台半ばから主に自然の姿を描き始める。
そして自然の奥深い魅力を描き出す緻密な技法を生み出すことに成功したのだ。
道端に生える草木の一葉一葉、転がる小石の一粒一粒を丹念に描いていく。
しかし、出来上がったその作品は所謂スーパーリアリズムとは全く異なるものだ。
晩年には「石と水」をテーマとした創作に取り組むのだが納得のいく表現ができず、
「水をもう一度見てくる」と言って出かけた谷川岳で遭難死を迎えた。

「暗く深き渓谷の入り口U」
私は絶筆となったその画の前から離れることができなかった。
氏はいったい何を描こうとしたのか?
その答えを見つけるため、私は明日からもまた何度も水を見に行こうと思う。




090811
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