その21.西荒川(回想編)
拝啓 盛夏の候、大山先生におかせられましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。 思えば私どもの父達が他界してから早60年が過ぎようとしています。 父達の逝き場所を一度は訊ねてみたいものだとMさんとは前から話をしていたのですが、 この節目を機会に、思い切って二人で出かけてみることにしました。 飛行機に揺られること6時間。 バスを3回も乗り継いでから、その後は渓流沿いに険しい山道を歩かなければなりませんでした。 もう少し歳をとってからでは、ここに来るのは体力的に無理だったかもしれません。 実際に現地に自分の足で立ってみるとそこには・・・ …そうであった。 私が爆笑王と釣銭の二人を従え、最後の作戦を展開したのはL島奥の西荒川であった。 あの頃、戦局は悪化の一途をたどり、すでに我々の敗色は濃厚であった。 彼らの後ろ姿を見るにつけ、そのまま進軍を続けることにためらいが生じたのも事実である。 しかし、もはや逃げ帰るという訳にもいかなかった。 |
最前線に到着すると、我々は気休め程度の小休止をとり、すぐに臨戦態勢に入った。 銃の再点検をし、各自思い思いの銃弾を装着した。 彼らの硬い表情からは緊張と不安が見て取れた。 |
しばらく進むと銃声が轟いた。 敵兵の発砲である。 我々もすぐさま応戦した。 |
散発的に弾の応酬が続いたあと、一人の敵兵が投降してきた。 私の撃った弾が彼女の心を射抜いたのであった。 私は身元を確認してからその敵兵を放免した。 |
原種山女:AA種(20cm) |
爆笑王と釣銭は俄かに勢いづいた。 二人とも自分が仕留めたと勘違いしてしまったのだ。 彼らは更なる前線へと歩を速めた。 だが、ここから先は危険地帯だ。 彼らの拙い戦闘技術で対応するのは無茶だ。 そして、生き残る可能性が全く無い戦いに部下を追いやることは上官として出来ることではない。 私は彼らに退却を命じた。 しかし、気分が高揚しきった彼らの耳に私の声は届かなかった。 私の制止を無視してずんずん進んでいく。 仕方なく私も彼らの後を追った。 |
案の定、すぐに敵軍の強固な砦に遭遇した。 釣銭の体は恐怖で硬直してしまった。 |
すでに多数の敵兵がこちらを注視している。 この状況での退却はかえって危険であると判断した私は、銃を構えるよう釣銭に命じた。 そして、お前なら大丈夫だと嘘をつき、釣銭の折れた心を必死で奮い立たせようとした。 ようやく釣銭が引き金を引いた。 |
側面から爆笑王も戦いに参加した。 二人は下手な鉄砲を無数に撃ち続けた。 しかし、敵兵との力の差は歴然としていた。 私は必死で援護射撃をした。 大切な部下の命をここで落とさせてはならない。 何としても彼らを無事に家族の元へ帰さねばならない。 |
だがその時、背後からの一撃が私の側頭部をかすめ、不覚にも私はその場に崩れ落ちた。 薄れゆく意識の中で、釣銭と爆笑王の叫び声が聞こえた。 そして、二人はスローモーションのように滝壺に落下していった。 立派な最期だった… …そこには悲惨な戦いの気配は無く、透き通った水の中には魚たちの群れ泳ぐ姿が見うけられました。 空は晴れ、あまりにも青い。 あの日の父達が見上げた空も同じように青かったのでしょう。 そしてその時、私たちの頬を濡らす霧のような水しぶきに美しい虹が架かったのでした。 ちょっぴり恥ずかしいですが、現地で二人で撮ったスナップを添えておきます。 これから暑さも厳しさを増して参りますので、大山先生も無理をなさらないようにしてくださいませ。 では、そのうちまたお目にかかる日を楽しみにしております。 愛弟子たちの娘より 敬具 |
原種山女:KN種(46cm)--釣銭の娘 原種山女:AM種(40cm)--爆笑王の娘 |